台風の傷跡
辺野古 9/19
先週末の台風18号が去った後、辺野古崎〜長島の間のネットを張るためにフロートに取り付けられた支柱付き木枠はかなり損壊している。
支柱が大きく傾いてしまったもの
木枠を組んでいる金具が外れて分解してしまったもの
金属の支柱が波にさらわれ無くなってしまったもの
この木枠については、設置後数ヶ月で既に波に煽られることで破損が見られ、過去に何度も修理がされている。
実際の波風の影響を十分に考慮せずに机上で作った欠陥品であり、一般企業であれば設計者の責任が厳しく問われるような代物だ。
この支柱付き木枠の設計、制作、設置にかかる費用も、その修理にかかる部品代や人件費も全て我々の納めた税金だ。
このような税金の無駄な使い方を海保やマリンセキュリティの警備員も納税者の一人としてしっかりと見て欲しい。
全国の皆さんにも是非知ってもらいたい。
午前中は台風対策で撤去していたフロートやネットなどの再設置作業がまだ完了していない数カ所で行われていた。
シアター前でのオイルフェンスの設置を止めるように作業員に近づいて説得しようとすると、海保に拘束された。
ゴムボートに乗せられ、たっぷり時間をかけて松田ぬ浜まで移動させられて解放された。
シアター前では朝一に作業和船が3隻フロート付近で何らかの作業を始めようとした所へカヌーが到着し、作業和船は作業を諦めて大浦の方へ撤退していた。
カヌーが居なくなりフリーになると作業和船が戻って来る懸念が有ったので、松田ぬ浜から再びシアター前に戻り、昼食はカヌーの上で取りながら監視を続けた。
結局、その後に作業和船が戻って来ることは無かったが。
カヌーメンバーがゴムボートに乗せられている頃に、シアター前の仮設道路には黒いシートが持ち込まれていた。
たっぷり時間をかけて松田ぬ浜へ移動させられている間に、仮設道路の先端の方、根固め袋材が積まれてむき出しのままになっている部分にその黒いシートが敷かれたようだ。
午後からはそのシート上にダンプが比較的細かい砕石を落として、ユンボでならす作業が始まり夕方まで行われた。
2台のダンプがピストンで次々と砕石を運び込む作業のペースは早く、中仕切り護岸N5のスタート地点と言われる茶色い八角形屋根の建物前の浜までは、あと50メートルも無いくらいにまで仮設道路が迫ってきているように見える。
仮設道路がスタート地点に到達すれば、捨て石を海へ投入して埋めながら先へと伸ばしていく中仕切り護岸N5の工事を国は急がせるだろう。
その工事が始まるのを止めるには、仮設道路の建設を進ませない方法を現場で今見つけ出さねばならない。
限られた人数で何が出来るのか。
知恵を絞って、アイデアをひとつひとつ試してみるような行動が続く。
国は10月からのN5工事を目論んでいる。
残された時間はそう多くはない。
カヌーの艇数が増えれば出来る行動のバリエーションも広がる。
どうか多くの仲間に参加してもらいたい。
(辺野古崎)
(辺野古崎付近の岩場)
愛とユーモアを
辺野古 9/12
台風18号が近づいている。
午後には風も強くなりそうだ。
護岸工事にむけた辺野古側の工事は中断され、台風対策が行われそうだ。
よってこの日はカヌーは出さないで、現場の状況確認をするためにぶるーの船1隻だけを海に出すこととなった。
残ったメンバーでテントの撤去や、フェンスのバナーの回収などといった台風対策を行った。
沖縄に上陸する台風こそないものの、もう今年数回目のテント撤去。
作業手順も要領が分かって、迅速に撤去することが出来た。
松田ぬ浜のフェンスに張られたバナーを回収しに行くと、フェンスの向こう側では米海兵隊が水陸両用車を使った訓練をしていた。
悪天候ならば安全のために中止する我々の行動と違って、強い風が吹けば強風の時を、波が高ければ高波の時を想定した訓練をするのだろう。
ご苦労なことであるが、そういった訓練は海亀が産卵をする浜ではなく、是非とも自国でやって頂きたい。
台風対策も終わったお昼過ぎに、10/25海上座り込みのチラシが届いた。
今回もカヌーメンバーの描いたイラストを使ったとても良いチラシとなった。
細かい部分あちこちに、作者の愛とユーモアが溢れている。
(チラシを手に取り、熱心に見入るカヌーメンバー。
今回のチラシにはこうやって食い入るようにチラシを見入る仕掛けがある。どうぞチラシを手に入れて、作者のユーモアいっぱいの仕掛けを楽しんで頂きたい。)
間違ったルート
辺野古 9/11
旧盆の休みをはさんで久々のカヌー。
ドクロ前は仮設道路の基礎となるコンクリートブロックの設置がかなり進んでいた。
根固め袋材が運ばれてきた。
手前の茶色い棒状のものはH鋼だ。
H鋼はコンクリートブロックの基礎の上に線路の枕木のように並べて使うようだ。
ブロックとH鋼を固定するために、H鋼の貫通穴を通してコンクリートブロックに穴を開けている。
この加工は時間をかけて、慎重に作業を行っていた。
根固め袋材はブロックの海側に並べている。
この部分は本来は被覆ブロックを設置するそうだが、K9護岸と同様に被覆ブロックの製作が間に合わず根固め袋材で代用しているようだ。
これもいずれは撤去して被覆ブロックに置き換えなければならない。
本来ならばやらなくていい無駄な作業だ。
黒板には
「鋼製山留材
受桁設置
せん孔清掃状況」
と書かれているように見える。
穿孔(せんこう)、つまり穴開けした後のドリル屑を掃除している工程のようだ。
手前にある設置済みの根固め袋材には番号札がつけられている。
番号札を持った人物。
彼は防衛局の人間だろうか?
首から下げた双眼鏡で我々カヌーチームの様子もうかがっていた。
その後、H鋼を二段に積み上げた。
現場の視察に来た米軍関係者。
現場の写真を何枚も撮っていた。
我々の抗議が十分に耳に届いていたはずだが、全くリアクションは無かった。
軍警も出て来たが、拡声器で警告をして十数分程様子を見てから立ち去った。
一方、シアター前も先月末と比べるとかなり仮設道路が伸びていた。
こちらはハイピッチで作業が進んでいる。
左に見える茶色い屋根の八角堂の前辺りが中仕切り護岸N5のスタート地点となるが、そこまで資材を運ぶための道路が出来上がるのも目前という段階にきた。
当初はN5護岸工事の着手は9月と報道されていたが、最近になって10月から始まるという報道に変わった。
遅れは出ているようだが、着実に作業は進んでいる。
作業の最前線が西に移ったので、それに伴ってフロートによる囲い込みも全体が西に移動していた。
フロートの移動によって道路の根元付近にあるトンネル部分はフロートの外となり、かなり接近して様子を見ることが出来る。
こんな暗くて狭いトンネルを防衛局の考えたように都合良く通って、奥の浜で孵化した海亀の子が海へ出て行くとは到底思えない。
偽善を象徴するこのトンネルを見るたびに腹立たしい思いにかられる。
シアター前仮設道路のすぐ東にある作業ヤードでは根固め袋材が次々と準備され積み上げられている。
しかし、この日は台風が接近していたために、道路建設の作業は行われず、台風に備えてブロックやフロートを撤去する作業が行われていた。
辺野古崎から長島の間のフロートからはネットが取り除かれていた。
大浦湾側でもオイルフェンスやフロートの撤去が一部行われ、作業船や台船も台風避難で移動が始まったようだ。
国がどんなに力ずくで工事を進めようとしても、やはり自然には勝てないのだ。
ならばもっと謙虚になって、自然と共存する道を探さねばならない。
仮設道路という戦争へ続く道は、間違ったルートなのだ。
音楽を一緒に♪ ~Jack Johnson「You Can't Control It」
このビデオクリップを最後まで観て欲しいな。
ジャック・ジョンソンがどんなメッセージを込めたのか感じて欲しい。
たぶん彼もハワイで、沖縄にいる僕と同じようなものを見て同じようなことを感じてるんじゃないかと僕は思う。
Keep on Rolling
辺野古 8/31
カヌー参加者は5名。
午後からは1人減って4名となった。
チームとして海に出られる最小人数だが、それでも出来ることは有る。
辺野古の浜(松田ぬ浜)から辺野古崎方向へ向かってすぐの赤いドクロマークが壁に描かれた、通称ドクロ前では既存の道路から延長するかたちで仮設道路が作られている。
これは埋め立て地の一番西の端にあたるK1護岸へと資材を運ぶために必要な道路だと言われている。
(ちょうどK1護岸の始点となる浜の前に最近設置されたブイ。護岸工事への準備も抜け目なく進めているようだ。)
それと別にもうひとつ進められている仮設道路工事の現場はK1護岸と辺野古崎の中間地点より少し辺野古崎に寄った場所にある。米兵のための娯楽施設シアターのすぐ傍から西へ向かって海岸沿いに伸び始めている。
(仮設道路の一部にトンネルが作られている。この奥の浜に海亀が産卵していることから、孵化した子亀の通り道だとも言われているが、基地内の雨水の排水管を通すのだと思われる)
(これだけの浜の破壊をやっておきながら、孵った子亀の通り道だと言うのなら、偽善にも程がある)
この道路が作られて行く先にある、八角形の茶色い屋根を持つ建物のすぐ前の浜から海へと伸ばされる中仕切り護岸N5へと資材を運ぶための道路だ。
この2つの道路は最終的には繋がって、海岸沿いを走る一本の道となって辺野古崎まで伸ばされ、資材や重機が行き来する重要な役割を担うことになる。
先週までののらりくらりとした作業の印象とはうって変わって、作業員も工事の要領を掴んだのか、見る見るうちにブロックや根固め袋材が並べられ道路の基礎となる部分が作られていく。
カヌーは人数が少なかったので、海保の体制に油断があったのだろう。
午前午後ともに3回フロートを越えて、作業現場まで迫り抗議の声を直接届けた。
これは回数を多くしようとして狙った結果ではない。
この日は雨雲が近づく気配が常にある状況で、いつ海上行動の中止という判断が出てもおかしくない状態だった。
その中で、拘束されて何度辺野古浜へ戻されても速やかに現場に戻り、少人数ながら出来る行動をそれぞれのメンバーが各自模索し、時間と状況の許す範囲で精一杯やりきった結果なのだ。
人数が少ないから、海保の警告が厳しいからと、こちらが引いてしまえばただ見ているだけの事しか出来ない。
彼らはカヌーがフロートの内側に居る時は
「フロートの外に出ろ」と言い、
フロートから出たら
「フロートに触るな」と言い、
フロートから離れたら
「フロートに近づくな」と言うのだ。
抗わなければ、我々の権利や自由はどんどん削り取られていく。
フロートは工事の都合に合わせて勝手に引かれた、何の法的な根拠も持たないラインだ。
工事の状況が変わればその範囲はどうにでも変更され、昨日まで規制範囲でなかった場所が次の日から突然に強制排除される立ち入り禁止区域とされる。
たった一晩で法の改定があったわけでも何でもない。
変わったのは彼らの都合だけなのだ。
そうやって市民の目を現場から遠ざけ、抗議の声が届かない場所まで引き離し、違法な工事の実態を隠蔽し、県知事も県民の大半も許さない工事をこそこそ行っている、そうしないと先へ進めないのが現在の辺野古新基地建設の実情だ。
これは有無を言わせず強行されているのではない。
必死になって抜け道を探して、嘘で塗り固め、沖縄に寄り添うと偽り、法治国家だと人々を騙して、沖縄だけにこの問題を封じ込め、恐る恐るしか彼らは出来ない。
つまり、このデタラメが人々に周知されれば、もう彼らは不正をごまかしてそれ以上先へと進むことは出来なくなるのだ。
抗い続け、国家権力の不正を暴き続ければ、市民の力で止めることは出来る。
今自分に出来ることを続けていこう。
(サポート船上からのカヌーメンバーのマイクアピール)
(ドクロ前では視察する団体が。軍服姿の米兵もいる)