夢をあきらめずに

You may say I’m a dreamer. But I'm not the only one.

辺野古へ行こう

辺野古 8/21, 8/23, 8/26

 

コースが少し南だったが先週末に接近し通過した台風の影響を受けて、週明けの21日から三日間は海上行動は強風で中止となった。

海の工事についてもほぼ止まっていたようだ。

 

21,23日はゲート前での座り込みに参加。

沖縄県警機動隊は資材搬入の車両をゲートから出入りさせるために、ゲート前に座り込んで間違った国策に抗う市民をただただ排除するためのマシーンになったかのようだ。

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彼らに道理は通用しない。

目の前のダンプの通り道を空けることだけを考えている。

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そのために市民の「表現の自由」、「行動の自由」といった憲法に書かれた人権を平然と組織的に侵害している。

「警告3回目で逮捕」など法的に全く根拠のない身勝手なルールを決めて、恫喝する。

道路交通法違反や公務執行妨害といった罪を捏造し、市民を度々不当に逮捕するが、そこには犯罪となる事実が存在しないので、勾留請求さえ出来ない。

みんな一泊二日で釈放されるが、「逮捕」されるということ自体が市民生活にとって深刻な実害を伴う制裁にあたることを思えば、この逮捕権の濫用は見過ごすことは出来ない。

そもそも、昨年に高江で座り込んだ市民の身体を虎ロープで嬉々として縛りあげ、荷物のように谷底から引き上げさせた、人権感覚のカケラも無い人物がいまだに現場に出て市民の恫喝を続けていることが尋常ではないのだ。

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彼には即座に現場から退き、人権についての教育を一から受け直してもらいたい。

 

人を人とも思わない排除によってケガ人も続出している。

救急車が呼ばれることもしばしばだ。

 

自ら思考することを止め、命令されるがままに行動するマシーンと化した彼らには自分たちでこの暴挙を止めることは容易ではないのだろう。

「命令されるがままに行動する」のは自らの身を奴隷に陥れる行為であり、その最たるものが人命を奪うことを使命とする兵士だということに、彼らは気づいているのだろうか?

そこには程度の違いがあるだけだ。

一体どこまでやるのだ?

自分を殺して、自分を誤魔化し、掲げられたデタラメの正義に乗っかって、どこまでやるのだ?

ストップをかけるのは自分しかいない。

 

県民同士が対峙させられたこの不幸な状況を打破するのは、ゲート前に人を集めるしかない。

怪我をするかもしれない、逮捕されるかもしれない、そういう怖い場所だというイメージが広がれば人は減っていくばかりだが、人が減っていくことがその状況を作り出している。

無理に機動隊の前に座らなくても、ゲート前にただ見ているだけの市民が200〜300人集まれば、機動隊は手出しが出来ず搬入を諦めるしかない。

この人数は決して途方も無い数字ではない。あと数十人いれば機動隊によるごぼう抜きはされなかったということは少なくない。

実際に人が集まったために搬入が行われなかったことも何度も起こっている。

ダンプを止めるのではなく、ダンプを寄せ付けないためにゲート前に多くの人に来て欲しい。

 決死の覚悟も、機動隊に負けない体力も要らない。

ただ権力の横暴に異を唱える気持ちを表すために多くの人が集まれば、それは止まる。

思いを行動に変えれば、世界は変えられる。

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26日は海へ。 

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 台風の影響によって、一週間近くの作業の遅れが出たのではないだろうか。

 

台風に備えてのフロートやネットの撤去。

実際の悪天候による作業中止。

台風対策から元の状態に戻す作業。

これらを台風が来るたびに繰り返さなければならない。

直撃を免れた台風でさえ影響を受ける。

沖縄島を通過するようなことになれば前後で数週間の作業中断を余儀なくされる。

自然を甘く見てはいけない。

 

赤白鉄塔の前に作って数十メートルで袋小路にしてしまった無駄な仮設道路は側面の根固め用袋材が砂に埋もれ始めていた。

 

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上の写真が7/31で、下の写真が台風後8/26の撮影だ。

 

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こうなることは目に見えているのに、台風シーズンを前にして、急ぐ必要の全く無い不要な袋小路を作った愚かさが浮き彫りになってきた。

 

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(以上の2枚はシアター前写真)

 

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(以上の4枚はドクロ前写真)

ドクロとシアターの憂鬱

辺野古 8/19

 

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お盆休みをはさんで久しぶりのカヌー。

16艇のカヌーはドクロ前とシアター前にふたつに別れての行動となった。

 

午前中に行ったシアター前はお盆前よりフロートで囲まれた範囲が大きく広げられていた。

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仮設道路への袋材の設置が行われるものの、作業ペースは決して早いとは言えない。 

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9月から建設を始めると報じられている中仕切護岸N5は、シアターから少し西にある茶色屋根の八角堂のすぐ前の浜から海へと護岸を伸ばしていく。

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この浜に杭を打って測量をする作業員の姿も見られた。

作業自体は淡々と進められているのだが

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お昼には心のこもった手作りお弁当の差し入れを頂いた。

いくつかのグループが交代で毎週土曜に、カヌーや船団の仲間のために手料理や果物などを持ち寄ってお弁当にして届けてくれる。

様々な人々の思いに支えられて、またカヌーは海へ出ていける。

 

午後はドクロ前。

こちらもお盆休み前より仮設道路が伸びている。

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基礎となるブロックを並べようとしているのだが、砂浜の上に並べるブロックの位置や高さに精度をだすのが難しいらしく、手間取っているように見える。

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(なかなか上手くいかないブロック設置)

 

やがて、そのブロックの作業をそこそこにして、進入防止のために設置してある、ネットを張った単管フレームや道路を囲っている黄色の小型フロートを撤去しだした。

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午後になって次第に風が強くなっていた。

近く台風が発生しそうだという話もあり、台風対策を進めているように思えた。

運んできた小型の袋材も仮設道路を伸ばすというよりは、波風から仮設道路を守るような位置に設置しているように見える。

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シアター前でも同様に午後からは台風対策と思われる作業が行われたそうだ。

 

今日は米軍のホリデーだったのだろう、シアター前でもドクロ前でもビーチでレジャーを楽しむ軽装の米兵の姿が度々見られた。

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我々が上陸どころか50メートル以内に近づくことも許されない浜を彼らは平然と歩いている。

作業現場のクレーンの下や袋材の上も平気で通る。

我々が退去するように四六時中警告を受ける海をシュノーケルを付けて潜り、悠々と楽しんでいる。

美ら海を破壊する工事とそれを止めようと対峙する我々のすぐ脇で、ビーチで遊ぶアメリカ。

このシュールな対比に眩暈がしそうだった。

これは日米安保日米地位協定の一面を象徴している光景だ。

これを良しとする政治家は子どもにも分かるように、この状況についてきちんと説明しなければならないと思う。

 

youtu.be

 

一日通して作業員の仕事ぶりを見ていて、現場作業がきちんとした計画に沿って効率的に動いているようにはどうしても思えなかった。

海上作業ヤードの造成が取り止めになり、翁長知事が決して承認することがあり得ない大幅な設計概要変更申請が必要となることが目前に迫ってきた現場では、この基地建設計画自体の破綻がはっきりと意識されているに違いない。

多くの県民の意思に背き、眼を見張るほどの美ら海を殺して、誰からも喜ばれない工事を、出来上がる見通しのたたない基地のために続けていけるのか。

たとえそれが仕事だとしても、プロとしての誇りがあるなら尚更、無駄となる仕事にはモチベーションが上がらないはずだ。

誰も手をつけずに捨てられる料理をコックは作り続けられないだろう。

目に見えないインクで作家は物語を綴らないだろう。

それは自分の誇りを無意味なものにしてしまうのだから。

これ以上作業を続けることは誰も幸せにしない。

 

ただ、目先の金を生み出すだけだ。

 

 

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(鉄板を敷く作業@シアター前)

 

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(クレーンで小型ユンボを吊り上げて移動@シアター前)

 

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(干潮時には岩場が干上がってむき出しになる@シアター前)

 

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(比較的小さな砕石を袋材の隙間に敷く作業@シアター前)

音楽を一緒に♪ 〜仲井戸麗市「スケッチ'89・夏」

お盆休みでのんびりしているはずなのだが、それなりにやる事があって忙しい。

そうこうしている間に夏が過ぎ去ってしまうのが例年のパターンだけど、幸い沖縄は夏が長いので助かる。

随分前に遊びで編んだコンピレーションアルバム【夏醒まし】は、はっぴいえんどの「夏なんです」で始まって、曲が進むにつれてどんどん夏の熱を奪ってクールダウンし、最後19曲目にロバート・ジョンソンの枯れたブルースで終わるという構成になっている。好きな曲ばかり集めたアルバムなので今もプレイリストに組んで聴いている。

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そのアルバムの最後から2曲目が仲井戸“チャボ”麗市の「スケッチ’89・夏」だ。

この曲にはチャボの父の句が織り込まれていて、過ぎ去る夏と去り逝く人への哀惜の念が上手く重ねられている。

聴くたびに熱に浮かされた夏と別れる物悲しい気持ちに包まれる。

それなのに僕がこの曲を好きなのは、別れの物悲しさに無意識のうちに慣れようとしているのかもしれない。

いずれ僕らは一切合切とお別れするのだから、その時ジタバタしないように慣れておくに越したことはない。

 

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いろんな巡り合わせがあって、10月にはチャボバンドのライヴを観に行けることになった。

とても待ち遠しいのだが、この夏が終わってしまわないこともどこかで願っている。

自由研究も読書感想文も水彩画もまだ終わってないし…そんな気分だ。

まぁ人間てのは身勝手なものだ。

 

こんな曲を聴きながら上手く夏とお別れしよう。

 


仲井戸麗市 - スケッチ’89・夏

写真展【大浦湾の生きものたち】

名護博物館ギャラリーで開催中のダイビングチームすなっくスナフキンによる写真展【大浦湾の生きものたち】に行ってきた。

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たくさんの写真にはひとつひとつ手書きで説明が添えられている。

手作りの感じにとても好感を持てた。

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テーブルいっぱいに並べられた貝の標本は手に取ってみることも出来る。

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夏休みに子どもと一緒に海の生きものについて学びながら、そんな豊かな自然を壊して作られる米軍基地についても思いを巡らせてみるのも良い体験になると思う。

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8/27まで、入場無料で見られる。

お勧めです!

 

 

小さな願い

昨日は奥武山陸上競技場の県民大会に参加した。

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翁長知事は埋め立て承認の撤回について「政府が工事を強硬に推し進める状況は必ず撤回につながる。私の責任で決断をする。辺野古に新基地は造ることは絶対にできないと確信している」と発言した。

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今回の県民大会は「翁長知事を支え、辺野古に新基地を造らせない県民大会」と題されたように、翁長知事から撤回についての確約を引き出し、そこを軸にしてもう一度県民の結束を固めるための県民大会だったと思う。

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猛暑の厳しい日差しの中に4万5千人が結集した。

集会後、競技場の出口へ向かう道で、ゲート前に連日座り込む仲間の一人が人の流れの中懸命にチラシを手渡していた。

手作りの小さなチラシには「辺野古に来て!」という切実な願いが書かれていた。

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そうなのだ。

実際に工事を止めるには、県民大会に集まった人々をゲート前につなげなければならないのだ。

県民大会に4万5千人が結集する一方で、平日のゲート前座り込みではたった数十人で屈強な機動隊員と対峙している時間がかなりあるという現実があるのだ。

作業や資材の搬入が行われない日曜日や年末年始などを除くと市民がゲート前に座り込むのは一年で300日くらいだろうか。

単純に計算して、4万5千人が交代で年にたった一回ゲート前に座れば、毎日150人が集まることになる。

年に二回座れば、毎日300人が集まる!

300人が座り込めば機動隊も手出しが出来ない状況が作り出せるのだ。

実際に搬入を止めることが出来て、誰もケガさせられたり、不当逮捕されたりすることもない。

年に数回、仕事や日々の生活をやりくりしてゲート前に行く、たったこれだけの行動を基地建設を止めたいという思いを持つ何万人かの人がすれば平和的に工事を止められるのだ。

全国から集まる人々の数も加えれば、これは決して無理な数ではない。

 

ごぼう抜きされるためじゃなく

ごぼう抜きされないために

たくさんの人に辺野古に来て欲しい

 

 

 今朝の琉球新報(ネット版)には辺野古で新たなボーリング調査が計画されているとの記事が出ていた。

https://ryukyushimpo.jp/news/entry-554740.html

 

辺野古でのボーリング調査は2014年の8/18に着手されたので、既に3年の歳月が費やされている。

http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/43150

 

基地建設の事前調査であるボーリング調査にこれだけの時間をかけてもまだ終えられないというのは、この計画が既に破綻していることを示している。

実現不可能な計画のためにもうこれ以上、税金を無駄に注ぎ込むことや、自然環境を躊躇なく破壊することは止めさせたい。

 

それは多くの人がほんの小さな行動を起こせば、出来るということを全国の人に知ってもらいたい。