2つのレンズ
辺野古 11/1,11/2
また政府による辺野古新基地建設強行が再開された。
臆面もなく法を捻じ曲げ、沖縄に寄り添うと言いながら踏みつけるやり方で。
これはかけがえのない自然を壊し、沖縄に過重な基地負担を押しつける、正義の無い工事だ。
また、翁長知事が下した埋め立て承認撤回の理由で指摘されたように、大浦湾側には基地建設に適さない軟弱地盤や活断層とみられるものが見つかっており、その問題がクリア出来なければやがて行き詰まる、展望の無い工事だ。
もし実用性がある強固な基地を本気で作ろうとするのなら、現在の計画は一旦白紙に戻して、根本的に見直すべきだが、「普天間の危険性除去は辺野古移設が唯一の解決策」だと政府は思考停止している。基地推進の立場から見たとしても理の無い工事だ。
そして、この基地にできる滑走路は短すぎて役に立たないと米政府が指摘している。
また、この基地が出来ることで抑止力が高まったりしないばかりでなく、2本の滑走路と辺野古弾薬庫と軍港を備えた最新鋭の基地が真っ先に叩くべき攻撃目標となることは素人が考えても分かることで、沖縄がアメリカの始めた戦争に巻き込まれるリスクは一層高まっていくことになる。
つまり、国防という面から考えてもメリットの無い工事だ。
我々が納めた税金を使ってそんな基地をアメリカ様のために急いで作る必要も無ければ、そもそも奪われた土地に勝手に作られた基地を返還させるために代わりの基地を作って差し出す理由も無い。
基地建設に反対する我々はもちろんとして、恐らくは現場にいる作業員も海上保安庁も警備員も米兵も防衛局職員も、誰一人としてここに急いで基地を作られねばならない理由が分からないに違いない。
理由が分からない事のために、我々は様々な立場の違いによって分断され、対峙させられている。
これはどの立場の人にとっても、不幸以外の何物でもない。
我々は立場の違いによって隔てられたラインを乗り越えて、人と人しての関係を築き、互いの立場を理解し合わねばならない。
そしてこの分断をしかけ、我々を対立させている者たちこそ怒りの矛先を向ける相手であるということを見いださねばならない。
さて、これは辺野古の問題ではなく、
沖縄の問題ではなく、
この島国日本の問題でさえない。
文明が発展したと思われている現代の世界においても今もなお続いている、有史以来世界の至る所で形や規模を変えながら絶え間なく人々を苦しめてきた問題のひとつなのだ。
我々は時空を超えて世界中の人々とつながり、先人の知恵を借り、共に連帯しあいながら長きにわたる人類の課題を克服せねばならない。
何が起こっているのか、目の前のフロートを見ているだけでは分からない。
刻々と変わりゆく状況を見つめる目と、世界を俯瞰で見下ろす大きな眼差し、この2つのレンズを駆使せねばならない。
今を生きる全ての人が当事者だ。
我々が意思を持って行動をする時には、世界のどこであろうと、そこが現場となる。
行動をおこすべき時だ。
方法は僕なりあなたなりのやり方で。