夢をあきらめずに

沖縄暮らしの記録

ひとり遠足

昨日はひとり遠足。

午後からパレット久茂地の『石川真生 琉球写真絵巻パート15

で、真生さん直々の写真絵巻解説を聞く。

途中少し気分が悪くなって席を外す場面もありながら、約100分間のユーモアを交えた、しかし重みのあるトーク

真生さんは真生さんのやり方で、命がけで抗っている。

どうかお身体を大事にされつつ、撮り続けて欲しい。

 

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那覇市立壺屋焼物博物館から、壺屋やちむん通りを散策していると夕暮れが近づいてきたので、沖縄県立博物館・美術館へと急ぐ。

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儀間比呂志の世界』で赤い油彩画に心が震える。

ずっと観ていたい、立ち去り難い思いに、足が止まった。

来年まで展示が続くので、もう一度観に行きたい。

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物を作り出す力は、物を壊す力と真っ向から対峙している。

故に、クリエイターが最も輝く力を発揮するのは、戦争や殺戮といった苛烈な破壊と向き合う時である。

後の祭りとなる前に

7/23 台風あけでまだ波風強く海上行動は中止。

ゲート前に座る。

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大きな捨て石を運ぶダンプの車列に混じって、埋め立てに使われる岩ずりらしきものを積んだダンプが時折見られる。

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8/17にむけて埋め立て準備は着々と進んでいる。

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7/25海へ。

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7/19に閉じた護岸の捨て石がむき出しになってる部分へ被覆ブロックを設置する作業をしている。

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沖縄防衛局によると、この被覆ブロックの設置が終われば、埋め立て区域②-1の護岸は準備が整ったことになるそうだ。

しかし、これは護岸の基礎の部分が形になっただけで、高さは設計より低い不十分な状態だ。

しかも、被覆ブロックの列は度重なる台風でズレてガタガタになったままだ。

埋め立ての外枠となる護岸の基礎がしっかり作られていない状態で、土砂投入を始めることは、出来上がる基地のクオリティを下げるに違いない。

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カヌーチームはブロック設置を阻止しようとフロートを何度も越えて、最後まで抵抗したが海保に阻まれ、止めることはできなかった。

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今週にと言われていた埋め立て承認撤回を、県知事は今日も出さなかった。

海はまだ、眼を見張るほどに美しい。

この美ら海を次の世代に受け渡すことができるのかどうかは、今にかかっている。

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(台風の荒波の影響だろうか、一部のオイルフェンスでは、中身の発泡スチロールの細かな破片がオイルフェンス表面にたくさん付着していた。この破片は海を漂って魚やウミガメなどの生物の体内に取り込まれる恐れがある)

【『いのちの海 辺野古 大浦湾』上映&トーク】に寄せて

今夜、東京 三鷹で『いのちの海 辺野古 大浦湾』上映&トークが行われた。

沖縄にいる僕は会場にかけつけることは出来なかったが、この上映会を企画してくれた友人にメッセージを送り、代わりに読みあげてもらった。

この国、特に本土で暮らすみなさんに、今僕が伝えたいことを込めて書いたつもりです。

 


上映会を開いてくれたジャックさん&ちかこさん、トークの時間に海上行動の様子を伝えてくれたみおちゃんに感謝します。

 

 

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『いのちの海 辺野古 大浦湾』上映&トークへお越しの皆さま、こんばんは。

2014年からカヌーチーム辺野古ぶるーに参加している、ヤマサキ タヲルと申します。2年前からは地元の神戸を離れ、沖縄県名護市に移り住み、働きながらカヌーメンバーとして辺野古新基地建設への抗議行動を続けています。

 


ご存知の方もいらっしゃると思いますが、辺野古ではつい先日、埋立て区域の一部が護岸で囲われてしまいました。ドーム球場1.3個分ほどの面積になるそのサンゴ礁には、多様な生き物が数多く住んでいます。外の海から切り離されたことにより、水温や水質が変化してしまい、その海域に取り残された生命の多くはもう生きてはいけないでしょう。

国は来月、そこに土砂を投入する「埋立て工事」を開始するとアナウンスしています。

危機的な状況ではありますが、この「埋立て工事」は本来の設計手順や、工事の違法性を指摘し工事中止を求めた県の行政指導を無視しながら、とにかく急いで「埋立て土砂投入」という既成事実を作り、県民をあきらめさせようとするデタラメな工事です。

正しく情報が伝わり、多くの市民の目がそこに注がれたなら、とてもまかり通ることはないと確信しています。

 


沖縄に過重な基地負担を強い、かけがえのない自然環境をためらうことなく破壊し、軍事に税金を湯水のごとく注ぎこみ、子どもたちの未来に戦争の影を落としているのは、私たちの国の政府です。

一方で国は、福島の放射能汚染地域に避難者を戻らせ、経済界の望むがままに労働環境を改悪し、戦争できる国への道づくりを着々と進めています。

これらは、個別の「沖縄問題」、「福島問題」などではありません。私たちがいくら無関心でいようとも、当事者であることを逃れられない「この国の問題」です。

どうか「沖縄を支援しよう」、「沖縄を応援しよう」とは思わないで下さい。

少し厳しい言い方かもしれませんが、沖縄を助けようとする立ち位置には、問題の当事者であることをやめてしまっている側面があります。

どうにかしないといけないのは、沖縄や福島ではなく、この国全体なのだということを、沖縄に暮らし始めてから強く感じています。

 


憲法12条には次のように書いてあります。

 

『この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。』

 

「不断の努力」とは何でしょう?

まずは知ること。

そして、それを周りの人に伝え、行動につなげていくことだと、僕は思います。

難しく考えず、今日見聞きしたことを、家族や友人に話してみてください。

「今度の休みはどこにいこうか?」という話の延長線上に、「どんな社会や、どんな未来を築いていこうか?」というテーマもきっとあるはずです。

 


未来は私たちの手の中にあります。

夢をあきらめずに、それぞれの場所で、それぞれのやり方で、不断の努力を続けていきましょう。

 


お時間を頂き、ありがとうございました。

 

 

 

山崎タヲル

『非戦・対話・NGO 国境を越え、世代を受け継ぐ 私たちの歩み』より抜粋 その6

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第7話 木口由香 『「普通の人たち」から学んだ力』

 

 

「貧民会議」が成し遂げたことの凄さは、ある程度時間が経ってわかってきた。パクムンの人たちは、しばしば抗議行動の中で「違法」な行動を取った。竹はしごをかけ数百人で首相府に入り込み、公的機関の敷地を占拠する。行動はあくまで非暴力だが、警備側を挑発し暴力を誘発させる。数百人の逮捕者やけが人が出れば、世論も村人に同情的になり、政府を事態収束のための交渉のテーブルに着かせることができた。貧しい農民たちのデモは、背後に政治家がいて日当を受け取って行われている、と蔑まれてきた。だが、パクムンの村人は数ヵ月間、時には数年にわたる行動で、自分たちの意思を示し続けた。政府から獲得した譲歩のすべてはこうした行動の結果であり、これまでのタイでは見られなかった現象だった。

ワニダーさんはよく、「法を破ることを恐れないで。法は金持ちのために作られたもので、初めから貧民に不利にできている」と住民に語りかけていた。そして貧民と共に逮捕された。世界有数の大富豪と年収数十万円の農民がいる国、人口の二割が国土の八割を所有しているタイで、法制度のすべてが国民に平等であるとは言いがたい。その法を変えるためには国会を通さなければならない。しかし、議員は貧困層の声を受けて当選しても、国会に行くと態度を変えてしまうことがほとんどだ。だからデモなどの非暴力直接行動は、貧しい人たちにとっては自分たちの声を国会に届ける唯一の手段と言っても過言ではない。一人では、あるいは一カ所では潰されてしまう声も、「貧民会議」のように多くの運動を結集させれば、社会を動かす力になる。ワニダーさんはそうした考えのもとで行動したのだろう。適法であることに縛られる日本人の私から見て、彼女の考え方は過激に思えたが、タイの状況を理解するにつれ、学ぶべきことが多いと気がついた。

 

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疚しさを感じながら 切実に


埋立て区域が外海と切り離された日

 

 

辺野古 7/19

 

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6月末の時点で辺野古崎付近の埋立て区域は、あと数日で外海と切り離されるところまで作業が進んでいた。

護岸が閉じられる目前になって、立て続けに台風が沖縄本島へ近づき、作業の足踏み状態が続いていた。

台風によって護岸を囲ったオイルフェンスは流され、被覆ブロックの列はガタガタに乱された。

それはまるで大自然の怒りように感じられた。

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しかし、その護岸の囲いがとうとう今日の午後に閉じられてしまった。

ドーム球場1.3個分の面積に相当する閉じられた護岸の内側は、最早海ではなくなり、水温や水質が激変して、そこに取り残された生物がじわじわと殺されていくことを思えば、来週明けにも翁長県知事が埋立て承認撤回に踏み切る見込みとの今朝の新聞報道も虚しく感じられる。

埋立て区域に生息していたたくさんの命にとっては、アウシュヴィッツガス室のドアが閉じられたのに等しいのだから。

 

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今日一体何が起こったのか。

目の前の護岸や埋立て工事だけを見ていては、その本質は見えてこない。

たとえばこの国にあとどれだけ自然のままの海岸が残されているのか。

たとえば道路や空港や都市といった、僕らの暮らす社会はどれだけ自然界にダメージを与えているのか。

今日お金と引き換えに僕らが手に入れた様々なものは、環境破壊や命の尊厳を踏みにじることにつながっていないか。

今日僕らはお金を得ることと引き換えに、お金では買うことのできない尊いものを失わなかったか。

この海を埋めようとしてるのは一体誰なのか。

埋立てを止められるのは誰なのか。

止められるのに止めなかったのは誰なのか。

それは僕であり、あなたではないのか。

護岸がつながって、閉じ込められた命が殺されたことに、完全無欠な身の潔白を有する立場から批判することの出来る人間が、この世にいったいいるのだろうか。

そういった大きな視座からも同時に、今日起こったことを僕らは見つめなければならない。

僕らは日々、大自然と命の尊厳を食い物にしながら、それを止める術も見いだせず無為に生きている。

誰もがその疚(やま)しさを感じながら、だからこそ切実に日々の暮らしや、自分の生き方や、社会の仕組みや、この世の流れを、変えたいと願わなければ、僕らが止めようとしているものの本質は止められない。

 

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波が高く、カヌーでの行動は短時間に限られた。

その後は抗議船に乗り込み、閉じられていく護岸を見つめるしかなかった。

こうなる前に止めなくちゃいけなかった。

これからも、どんどん具体的に工事は進んでいく。

さらに悪いニュースは続くだろう。

そして、軍事基地は必ず戦へつながる。

人がたくさん殺され、街や平穏な暮らしや未来が壊される日々はそう遠くないかもしれない。

これからも事あるごとに何度も僕は思うに違いない。

「こうなる前に止めなくちゃいけなかった」と。

そう思うことをひとつでも減らすには、僕らは知らなければいけない。

まさに今日こそが、いつの日にか思う「こうなる前」なのだということを。

悪い流れを断ち切るために、今自分に何ができるかを日々模索し、行動へとつなげていくしかない。