夢をあきらめずに

沖縄暮らしの記録

『シューレス・ジョー』W.P.キンセラ著 永井 淳訳

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たぶん20年以上前に読んだ本だ。

読後にサイダーみたいに爽やかな後口が広がる良質なファンタジー

読み直してみて、詩的な表現の美しさを随所に感じた。

同じ本を読んでも、歳月を経て読むこちらの状況が様変わりすれば、その印象は変わるものだ。

 

 

「あの言葉がどんなにぼくの心を揺り動かしたか、あなたにはわからないでしょう『一九六四年にはポロ・グラウンズそのものが取りこわされてしまった』というあの一行がぼくの心をとらえたんです。あの言葉は印刷されたページから飛びたち、空中に浮かび、灰色の小鳥の姿となってぼくの肩に止まりました。ぼくは手をのばしてそれをつかまえ、脈うつ小さな体を掌に入れて胸に強く押しつけたんです。するとそれは霧のように消えてしまいました。シャツの前をはだけてよく見てもらえば、小鳥の銀色の輪廓がかすかにぼくの肌に残っているのが見えるはずですよ」

突き進むマシーン

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今や我々を乗せたマシーンは

野花を蹴散らし

里山を切り裂き

渓流を堰き止め

美ら海を濁らせ

故郷の浜に立ちふさがり

テティスを連れ去って死なせ

雨にうたれし者を見捨て

死の街に人々を呼び集め

弱き者を食い物にし

悪徳を墨で塗りつぶしながら

人の欲望を糧として

真っ直ぐに暗雲へと突き進んでいく

マシーンの行方を誰も見ない

積み荷のごとく大人しく

ただ揺られただ揺られ

小綺麗に飾られた客車のバカ騒ぎに

踊らされ踊らされ

他人を蹴落とすことに疲れ果て

眠らされ眠らされ

マシーンを操る者たちの顔も知らず

命を踏みつぶしながら破滅へと進む

 

ちょっと操縦席を見に行かないか?

 

 

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歳月が流れて

www.okinawatimes.co.jp

 

最初は海を囲うことから始まった

2014年8月14日

今から5年前のことだ

すぐに彼らはボーリング調査のため

海底に杭を突き刺した

次にコンクリートのブロックが海にいくつも投げ込まれ

ポツポツと“点”の破壊が進んだ

そのうちに両手で抱えきれないほどの大きな石が浜から入れられ

捨て石の山は連なって海へと伸び

護岸となって“線”の破壊へと変わった

そして護岸は囲い込んだ海域を外海から完全に切り離し

海水を死の色に変え

その区域を赤土混じりの土砂で塗りつぶす“面”の破壊につながった

辺野古イノーは連日土砂が投入され

目に見えて「埋め立て」が進行している

5年の歳月が流れ

ここまできた

 

いろんな見方ができる

埋め立て工事はまだ序盤だとか

度々の工事中断や市民の抵抗によって

当初の計画は大幅に遅れているとか

作業が進む中で見つかった大浦湾側の軟弱地盤問題はクリアできないので

計画は既に破綻しているとか

辺野古イノーや大浦湾を餌場や住処として生きていた様々な生き物たちは

既に生活の場を奪われたり命を失ったりしているとか

作られてしまった護岸による潮流の変化や

投げ込まれた石材・土砂によって

深刻な環境への悪影響が

私たちのまだ知らないところでもう始まっているとか

アメリカに付き従って戦争する国へ

この国が変わろうとする流れに歯止めがきかないとか

この国で暮らす私たちの自由や権利や未来が日に日に削りとられ

暗雲たちこめる時代に突き進んでいるとか

どれもが的を得たものでありながら

それは一面的なことでしかない

カヌーや船に乗って海を見なければ分からないことがある一方で

目の前の護岸やフロートを見ているだけでは全体像は見えてこない

 

誰が海を埋めているのか?

基地建設を推し進めようとしている者の顔は私たちには見えない

現場の作業員も海上保安官も積極的に基地を作ろうなんて考えてはいない

基地建設を推し進める力の源となるのは

人間の際限無い欲望

それは誰の心の中にでもある

それを糧とし

そこにつけこんで

基地建設は進んでいく

 

ウミガメが産卵する自然のままの浜は世界にあとどれほど残されているのか

私たちの暮らす都市や道路や社会のシステムは

どれだけ自然界にダメージを与えているのか

今日お金と引き換えに手に入れた様々なものは

環境破壊や誰かの尊厳を踏みにじることにつながっていないか

今日私たちは収入を得るために

お金では買うことのできない尊いものを失わなかったか

この海を埋めようとしているのは一体誰なのか?

埋め立てを止められるのは誰なのか?

止められるのに止めようとしないのは誰なのか?

もしかしたら

それは僕であり

あなたではないのか?

私たちは大自然と誰かの尊厳を食い物にする社会の流れの中で

それを止める術を見いだせないまま日々生きている

基地建設計画は沖縄だけでは止められない

沖縄を応援することでも止まらない

この海を埋めようとしているのは誰なのか?

謙虚な心で海を見つめ

人とつながって世界を見渡しながら

私たち一人ひとりがそれを自分に問い続け

そして自らを変えようとする時が来れば

この基地建設は必ず止められるはずだ

僕はまだ諦めてはいない

 

 

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山田詠美 『明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち』

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山田詠美さんの本を読むのは初めてだ。

彼女の名前は華々しいデビューの頃からもちろん知っている。

作品のタイトルもいくつかあげられるくらいだ。

当時、10代の後半だった僕は猛烈に本を読んでいた。

でも、彼女の本は僕にとってのリアリティの外にある世界だと感じ、手に取ってみることはなかった。

そのうち仕事に就いて忙しい日々に追われ始めると、彼女の小説だけでなく、本全般をほとんど読まなくなった。

読みたい本と出会っては、読み始めてみるのだが、最後まで読み切る根気が無くなっていた、という方が正確かもしれない。

読み終える本が年に数冊というペースが何年も続いた。

時代が巡って、インターネットにアクセスするようになって、僕は書くことの方に時間を割き始めた。

猛烈に本を読んでいた10代の頃、僕は日記とも言えない雑文をノートに書きなぐることも毎夜続けていたが、それは誰に見せるものでもなかった。

ところがネットでは自分の書いたものを読んでる人がいるらしい。

読んだ人から反応が有るというのは画期的だった。

時間の経過とともに、mixiTwitterFacebook、ブログ、と書く場所と書くスタイルを変えながら、毎日のように何かを書くようになった。

僕には伝えたい事が有って、それを発信するために書いているつもりだった。

ところが、この数ヶ月、何度も何度も同じことを書いている気がしてきた。

伝えたい事が、伝えたい人に伝わっている気がしなくなった。

そのうちほとんど書けなくなった。

伝えたい事が無くなったわけではない。

何か新しいスタイルで、別のアプローチの表現をしなければ、もう僕の思うようには伝わらないと今は感じている。

それがどういうやり方なのか、まだ模索中だ。

一直線には進めない。

ネジのようにぐるぐる螺旋を描きながら、僕は進んでいく。

 

もがく時間の中でこの頃はかなり本を読んでいる。

買ったまま開かなかった本、人が勧めてくれた本、随分前に読んだことのある本、などなど次々と読んでいる。

ネットを開く時間を減らしたことで、活字を読む力が戻ってきた。

これはいいことだと思う。

SNSの世界は開かれているようでいて、実は限られた仲間内で同調しあっているぬるま湯の中だという見方もできる。

僕はぬるま湯の外へ向けて発信すべきだし、そのために外の世界を見ることに、より多くの時間を割くべきだ。

10代の頃のように、図書館にもしばしば出入りするようになった。

 

『明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち』は名護の図書館でつい先日見つけた。

棚に並んだ背表紙のタイトルを眺めながら歩いていて、目にとまったが一度は通り過ぎ、でもやっぱり気になって戻って手にした本だ。

台風の悪天候で仕事が休みになったので、ほとんど一気に読みきった。

これは長男を失ったある家族の物語だ。

読んでる途中で、サリンジャーの『フラニーとゾーイー』や『ナイン・ストーリーズ』に登場する、グラース家の物語を思い出した。

長男シーモア・グラースも一家の前から姿を消す。

山田詠美さんが、長男・澄生でシーモアをなぞったのかどうかは知らないけど、サリンジャーを再読してみたくなったな。

山田詠美さんの他の作品も読んでみよう。

 

 

アーサー・ビナード『もしも、詩があったら』

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アーサー・ビナード

『もしも、詩があったら』読了。

世界中の詩人の言葉を集めた本。

 

アレン・ギンズバーグの詩が好きだな。

 

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一緒に洗って欲しい

福島の圧力容器から飛び散らかった見えない汚れをくまなく

頑固なアメリカがこびりついた沖縄は天然色に戻るまで

何より欲と金でドロドロになってる霞ヶ関、永田町あたりは黒塗りがすっかり消えるようブラシを使ってしっかりと