夢をあきらめずに

沖縄暮らしの記録

『非戦・対話・NGO 国境を越え、世代を受け継ぐ 私たちの歩み』より抜粋 その5

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第5話 宇井志緒利『何かが起きてからではなく』より

 

 

私は、ジャストピース(Justpeace)という言葉を、フィリピン・ミンダナオ島で平和づくりに取り組む人たちから教えられた。これは、平和(Peace)と公正(Justice)は切り離せないもの、「公正を伴わない平和は平和ではない」という意味をこめた造語である。つまり、「他者を犠牲にして自分のニーズを満たさない」ということ。これは足元のことからグローバルレベルまで、私が「平和」を考える時の金言である。この言葉は常に、私に「他者」への意識を喚起させてくれる。

この「他者」とは誰だろう?私たちの「平和な暮らし」は、どんな他者とのつながりで成り立っているのだろうか。誰かを犠牲にしていないだろうか。自分が犠牲になっていないだろうか。日本の中の誰かを、他国の誰かを、犠牲にしていないだろうか。知らないうちに、その「犠牲のしくみ」の中に取り込まれてはいないだろうか。「平和な暮らしを守る」と言っている日本の政治、そのエネルギー政策、貿易産業政策、「安全保障」政策、国際協力政策は、ジャストピースに叶ったものと言えるだろうか。「まあ仕方ないか」と追認することが、不公正を生み出し、他者を苦しめ、あらゆる暴力の温床をつくり出す原因を招き寄せてはいないか。もしそうなら、私たちはジャストピースを生きているとは言えないだろう。

見えにくい他者、見えない他者の存在をいかに意識し、想像力を身につけていくかが、平和づくりの鍵となる。

 

 

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