夢をあきらめずに

沖縄暮らしの記録

『非戦・対話・NGO 国境を越え、世代を受け継ぐ 私たちの歩み』より抜粋 その4

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コラム9 渡部朋子 『韓国人原爆犠牲者慰霊碑が問いかけるもの』

 

 

かれらがあの日、広島にいたことは、紛れもなく日本の戦争と植民地政策の結果であるにもかかわらず、今日そのことは、ヒロシマを語る時にそぎ落とされてしまっている。原爆によって亡くなった朝鮮半島の人々は、現在の北朝鮮による核・弾道ミサイル実験をどのように思っているだろうか。広島の地で、原爆に焼かれ、あるいは、生き延びても塗炭の苦しみの中で生きて、最期を迎えなければならなかった人々にとって、その「死の意味」とは何なのであろうか。北朝鮮の人々にとって、自分たちが「対等」に扱われるための「核」であるならば、「核」を「非核」とする作業は、対等な関係構築を前提とした粘り強い信頼醸成の努力が必要なのではないか。私は長い間、私たちが朝鮮半島の問題にきちんと向き合うことを避けてきた結果が、北朝鮮の「核保有」という現象をつくり上げてしまったように感じている。私たちは北朝鮮に生きる市井の人々を想像できてはいない。

 

 

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