夢をあきらめずに

沖縄暮らしの記録

残されたチャンス

辺野古 6/28

 

朝、いつものようにテント2に海上行動メンバーが集合した頃。

ミーティングが始まったというのに、ミケはまだぐっすり眠っている。

 

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護岸工事は着々と進み、もう終盤を迎えている。

作業ポイントAは先週のうちに予定長に達し、先端部を既に袋材で固めた。

ポイントBも昨日先端部に袋材が置かれてしまった。

AとBは護岸をつないで閉じずに、このまま50mの隙間を開けておくそうだ。

内側に残された希少珊瑚の移植が県から許可されないので、沖縄防衛局はポンプで外側の海水を珊瑚に送りながらしばらく待つという、前代未聞の方策を採った。

この方法で珊瑚が守れるという確証などどこにも無いというのに。

護岸工事をもっと早く中断して、海水が囲いの中まで十分に入り込む状態で待つという、最も確実で手間をかけずに珊瑚を守れる方法を、沖縄防衛局は思いもつかなかったようだ。

 

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ABの隙間からは奥の海岸線に沿って作られた仮設道路が見える。

こちらも残り数メートルでつながりそうで、砂浜が見える部分はほんの僅かしかない。

このあたりの砂浜は初夏にはウミガメが産卵に戻ってくる場所だ。

ちょうど満月にあたるこの日、海保に拘束されゴムボートで松田ぬ浜へ戻される間に、何匹ものウミガメの姿を見た。

満月の日には産卵のために浜へ上がるウミガメが増えるそうだ。

しかし、護岸や仮設道路で遮られて、ウミガメが産卵に上がれる砂浜はもう辺野古には無い。

こんなに頻繁にウミガメを見かけるのは、産卵場所を探してウミガメが途方に暮れているからに違いない。

この話を海保には何度も聞かせているが、彼らも言葉を詰まらせるばかりだ。

彷徨うウミガメについて、責任のある言葉を何か言わなければならない人間は、現場には一切現れない。

やがて護岸が閉じられてしまえば、僕らはその内側に近づくことはおろか、中の様子を見る事さえ出来ない。

 

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ポイントCがN3護岸へ到達し、埋立区域②ー1が外海と切り離されるまでは、残りもう20数m程。

この場所は水深が浅く、多くの捨て石を必要としない。

あと数日で護岸が閉じられてしまうだろう。

この区域だけでも面積にしてドーム球場1.3個分の広さになる。

どれだけの命がそこをすみかとしているのだろうか。

護岸が閉じられ外海と切り離されたら、そこに生きる命はほとんど死滅してしまうだろう。

炎天下に窓を閉め切った車内に閉じ込められたら人はどうなるか。

その息苦しさを想像すれば、これが看過できる事態かどうかは明らかなはずだ。

8月に土砂が投入されるのは、もうとっくに命が死に絶えた後のことだ。

命が殺されてしまう瞬間を現場で遅らせるチャンスは、あとどれだけ残されているだろう。

 

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午前午後とカヌーで何度もオイルフェンスを越えた。

たった7,8艇のカヌーに対しても海保は警備の手を緩めなかった。

カヌーを引き上げようとオイルフェンスに跨っただけで、海保が詰め寄ってくる。

どうにか隙をみてフェンスを越えても、高速のゴムボートにはスピードでは勝てない。

カヌーを切り返し、小回りでゴムボートを振り切ろうとするが数メートルで捕まってしまうことがほとんど。

上手くいかないことの連続で、ストレスはたまる一方だ。

その後、カヌーからGBに乗せられて、ノロノロ運転で時間をかけて浜まで運ばれ解放される。

そうやって抗議時間を無駄に使わせるのだ。

強い日差しにさらされ、スピードを出さないGBの上では風を受けることも無く、次第に体力も消耗する。

それでも仲間の動力船にサポートを受けながら、何度も現場へ戻る。

 

午後、干潮時に辺野古崎近くの浅くなった岩場を狙って、カヌーをオイルフェンス外に残して数名が海に飛び込んだ。

そのことを危険だとして、海保はGBのスピードをさらに落とし、たっぷり1時間近くかけてカヌーメンバーを浜まで移動させた。

どうにか現場に戻り、7艇のカヌーがオイルフェンス脇に集まって話し合う。

海上行動の終了時刻として決めている時間が近づいていた。

オイルフェンスを越えるのに手こずり、さらに海保のノロノロ運転で送られればタイムリミットを越えてしまいそうだ。

心身ともに疲労もたまっている。

今日はここで切り上げて撤退するのが無難な判断だ。

それでも、僕らは最後のワンチャンス、「10分だけトライしてみて、越えられなかった人はそこで引き下がろう」と決めた。

すぐさまそれぞれに散って、行動を始める。

無我夢中でオイルフェンスを越えた。

GBをかわそうと大きくターンしてカヌーの向きをかえて漕ぎだしたところで、GBから飛び込んだ海保にカヌーを抑えられてしまった。

振り返ってフェンスの方を見ると、外には誰も残っていなかった。

ほんの5分ほどで全員がオイルフェンスを越えたのだ。