カート・ヴォネガット『国のない男』 より抜粋 その3
音楽に話を戻そう。音楽のない人生よりも音楽のある人生のほうが楽しい、という人がほとんどだろう。軍楽隊の演奏であっても、平和主義者のわたしでさえ、聞くと楽しくなってくる。わたしはシュトラウスやモーツァルトなんかが大好きだが、アフリカ系アメリカ人がまだ奴隷の頃に全世界に与えてくれた贈り物はとても貴重だ。この音楽こそ、いまでも多くの外国人がわれわれのことをほんの少しは好きでいてくれる唯一の理由だといってもいい。世界中に広がっている鬱状態によくきく特効薬は、ブルースという名前の贈り物だ。今日のポップ・ミュージック➖ジャズ、スウィング、ビバップ、エルヴィス・プレスリー、ビートルズ、ストーンズ、ロックンロール、ヒップホップなどなど➖すべてはこのブルースがルーツといっていい。
(中略)
アルバート・マリといういい作家がいる。ジャズ史に詳しい、わたしの親しい友人だ。彼からこんなことを聞いたことがある。アメリカの奴隷時代➖われわれは当時の残虐な行為から完全に解放されることは不可能だろう➖、奴隷所有者の自殺率は、奴隷の自殺率をはるかに超えていたらしい。
マリによれば、その理由は、奴隷たちが絶望の対処法を知っていたからだということだ。白人の奴隷所有者たちにはそれがなかった。奴隷たちは自殺という疫病神を、ブルースを演奏したり歌ったりして追い払っていたのだ。マリはほかにも、なるほどと思うようなことを言った。ブルースは絶望を家の外に追い出すことはできないが、演奏すれば、その部屋の隅に追いやることはできる。どうか、よく覚えておいてほしい。
外国人がわれわれを愛してくれているのはジャズのおかげだ。外国人がわれわれを憎むのは、われわれがいわゆる自由と正義を押しつけようとしているからではない。われわれが憎まれているのは、われわれの傲慢さゆえなのだ。