夢をあきらめずに

沖縄暮らしの記録

絶望から始めること

辺野古 2/13

カヌー11艇(午後は9艇)、抗議船2隻でK2護岸工事現場へ。

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オイルフェンスの内側では高速の海保ゴムボート13艇(フェンスの外側には2艇)が待ち構える。
一対一でカヌーにゴムボートがマークについても、ゴムボートの数が余る状態。

 

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オイルフェンスを越えて作業現場へ近づくことは非常に難しい。
カヌーが20艇いれば少しは隙をつけるが、ゴムボートより少なくてはかなり厳しい状態。

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しかも、辺野古イノーから大浦湾まで、大きくオイルフェンスとフロートで囲われている。
埋め立て予定地が丸々すっぽり囲まれてしまった格好だ。

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 名護市長選から一週間が経って、状況は変わりつつある。
稲嶺さんが市長権限で歯止めをかけていたのは、主に3つのポイントが有った。
辺野古ダム湖面の使用許可」
「美謝川の切替え」
辺野古漁港の占有許可」
自公政権が送り込んだ新市長はこれらを今後、タイミングを見て許可し、基地建設を加速させていくだろう。

 

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既に辺野古ダム周辺では工事に向けて測量が始まっているとの情報もある。
また、現在カヌーが海へ出ていく拠点となっている松田ぬ浜(バナーの張られているフェンスの浜)は、新市長が辺野古漁港の占有を許可してしまえば、工事の作業ヤードとして埋め立てられてしまう。
浜のテントについても同様に撤去を迫られるだろう。

そうなれば、海上行動自体の継続も厳しい状況に追い込まれる。

だから、国は稲嶺名護市長を全力をあげておとしにかかったのだ。

 

名護市長選後に僕は大きな絶望を味わった。
それは選挙結果にではない。
僕も沖縄に移り住んで何度か選挙に関わったが、今までの沖縄の選挙には本土の絶望的な選挙とは明らかに違う空気が有った。
地域の人々が、自主的に動いて候補者を盛り立てていく。
候補者はしっかりと市民を見て、その民意を受け止める。
僕は本土では見ない生きた民主主義がここ沖縄には有ると感じていた。
しかし、今回の名護市長選では、国が地方自治を踏みにじるように、人と金と汚いノウハウを持ち込み、市長の椅子を力ずくで奪った。
僕はこの国の恥も外聞ない横暴なやり方に、絶望したのだ。


選挙結果を名護市民は基地建設を苦渋の選択で容認したと受け止める人々もいるようだが、それを言うなら、名護市をこのように踏みつける政権を結果として選挙で選び、辺野古新地建設を容認しているのは全国の市民だと受け止めなければならない。
このことについての本土の人々の無自覚は絶望的な状況だ。

 

海の状況も、この国の政治的状況も、絶望的な状況だ。
僕はこのブログには、できるだけ前向きなことを書こうと思っている。
だから、今この絶望的な状況をはっきり書いておこうと思う。
果たして、この絶望的状況をこの国に住む人々のいったいどれだけの人が正面から受け止めているのだろう?

 

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僕たちはまずこの絶望をしっかり受け止めなければならない。
そこから目をそらさず、絶望から始めること。
それが今この危機から脱するための、一番前向きな態度だと思うのだ。
そこからしか何も始まらない。