夢をあきらめずに

沖縄暮らしの記録

基地あるゆえの苦しみ悲しみ

25日は米軍属によって女性が惨殺、遺体遺棄された事件の抗議集会がキャンプ・シュワブ嘉手納基地で行われた。
海上行動チームはこの集会へ参加するため事前にこの日の海上行動の中止を決めていた。

午前10時の集会が始まる少し前から、シュワブのゲート前には多くの人が集まっていた。

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(シュワブ ゲート前。400人が集まった)

 

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(ゲートの中から抗議に集まった市民を撮影する姿が)

 

この事件の残酷な一報が報道されてから、ゲート前に座り込んで米軍車両を止める行動が取り組まれており、機動隊の暴力的な市民の排除が繰り返されている。

前日には女性が頭を打って救急搬送された。

幸い大きな怪我にはならなかったようだが。

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(ヒロジさん「米軍基地こそあらゆる諸悪の根源である。
Yナンバーを基地の外へ出さない運動を全県下で呼びかけよう」)

 

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(ヘリ基地反対協 安次富共同代表からも怒りに満ちたアピールが)

 

この日、ゲートの片側に車両の通行スペースを確保して、整然と集会を進めようとしたが、機動隊はそれでも市民を強制排除した。
ゲートを通過していく車両からは相変わらず市民を嘲笑うかのような態度の米兵も見られ、強く抗議した仲間が一時拘束された。
ゲートの前の市民をいくら機動隊が押し退けても、事態は何も変わらない。その後ろにある無数の人々の怒りは最早力ではねじ伏せられないと日米両政府はきちんと理解し、本当に誠実に人々の怒りと悲しみに向き合うべきだ。

 

午後の嘉手納基地での抗議集会へ向かう途中に、恩納村の遺体遺棄現場へ立ち寄った。
カーブが続く山間の道路脇には、弔いに訪れた人によってたくさんの献花が捧げられていた。

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(遺体遺棄現場近くの道路脇。たくさんの献花やお供え物)


道路脇のほんの小さな雑木林に彼女の遺体はうち捨てられ、発見された時には白骨化していたという
その場に立って手を合わせ、彼女の無念を思うと胸がしめつけられ言葉が出なかった。

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(「あなたにいつの日か 安らぎが来ますように」)

 

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(遺棄現場。現場捜査のために樹木がかなり刈り取られたようだった)

 

嘉手納基地のゲートにも4000人が詰めかけていた。
もう誰も口先だけの綱紀粛正や再発防止といった空手形には騙されない。
被害者家族の心の救済や、容疑者が正しく日本の法によって裁かれることは当然として、「全基地撤去」、「日米地位協定の抜本的改正」も、最低限譲れない要求となりつつある。

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(嘉手納基地ゲート前)

 

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(この抗議決議案とほぼ同じ内容の決議が読み上げられた)

 

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(基地と道を隔てた向こう側にも抗議に訪れた人が)

 

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(4000人の集会は怒りを胸に深く沈めたような空気に満ちていた。もっと集会を続けるように求める声も聞こえた)

 

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(集まった人々の思いは基地の中に届いたのだろうか。
この日の行動を6月の県民大会につなげたい)