夢をあきらめずに

沖縄暮らしの記録

大きな忘れ物

沖縄の本土復帰44年になる15日に那覇市のゴールを目指す、第39回5・15平和行進は、県内3コースの出発式が今日行われた
その東コースのスタート地点がキャンプ・シュワブのゲート前だ。

夏を思わせる日差しの中、県内外から700人以上の人が集まり、ゲート前は熱気に包まれた。
辺野古ぶるーも海上行動の出発準備途中でパドルを持ってゲート前へ移動し、出発式に参加。連帯の気持ちをあらわした。

 

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(他府県からの参加グループのノボリも多数見られた)

 

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(今日のヒロジさんは、本人曰く「勝負ピンク」でキメていた(笑))

 

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平和行進を見送り、いつもより少し遅くカヌー11艇で松田ぬ浜から海へ出た。

 

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(最近カヌーに乗り始めた抗議船の船長J君。頼もしい若手メンバーだ)

 

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(今日はJ君とバディを組んだ。カヌーメンバーは必ず2,3人でバディを組んで互いをフォローし合って行動する。助け合うことで信頼も深まる)

 

今日は海の色が澄みきったグリーンで、特に美しかった。
昨日はシアターの工事が行われていなかったそうだが、今日も作業員の姿は見えなかった。

シアター前には警備員や軍警が待ち構えていたが、作業が行われていなければ浜に近づく理由は無い。カヌーはそこでとどまることなく、素通りした。

 

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辺野古崎から長島間のフロートへ辿り着く前に、汀間漁港から出た抗議船からの無線で、大浦湾に残されていたガイドパイプが撤去されているという情報を得た。

このガイドパイプは、最後の一カ所と言われたボーリング調査の場所で海底に突き刺さったまま二ヶ月も放置されていたもので、それは「和解」による工事中止が終われば、またすぐにでも工事を再開させるという国の意思を示す存在でもあった。

 

3重フロートの前では今日も船長とカヌーメンバーによる呼びかけがなされた。この数日新聞で書かれているマリンセキュリティーの残業代未払いなどについて、同じ労働者として共感を示すメッセージや、生命の尊さを説くメッセージが続いた。

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(この海が今まだ自然のままあるのは、基地建設に長く抵抗してきた人たちが行動を続けてきた成果だと、マイクで語りかけたカヌーメンバー)

 

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(この時点ではまだ大浦湾の中ほどにとどまっていた作業台船だが…)


テント2に戻って昼食後、浜のテントで過ごしていると、3時頃にふと海を見たヘリ基地反対協の共同代表・安次富さんが「台船が動いている!」と声をあげた。
見てみると、ボーリング調査用として使われていた緑の作業台船が平島と長島の間に小さく見えた。大浦湾の航路を出て外洋へ向かうようだ。
その後、青いクレーン台船、コンクリートブロックを積んだ台船も続けて、同じ様に大浦湾を去っていった。
これらの台船が、台風の時の様に羽地内海などに一時的に移動したのか、それとも本土に戻るのかはまだ分からない。出来れば後者であって欲しい。


これで大浦湾にはフロート、オイルフェンス、ブイといった浮具類とそれを固定する海中のコンクリートブロックが残されるだけとなった。
台船の撤退は嬉しい反面、このコクリートブロックを撤去するには、クレーン台船が必要なので、クレーン台船は大きな忘れ物をしていったとも言える。

 

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(大浦湾から去っていく台船。「おーい!忘れ物があるぞ!コンクリートブロックも一緒に持って帰れ〜!」と言いに追いかけたかった。)

 

遅過ぎるとはいえ、少しずつ不要なものの撤去が進み、大浦湾が元の状態に戻されるまではあと少し
浮具類とコンクリートブロックの撤去を一日も早く実現させるように、今後も抗議の声を届けていきたい。