夢をあきらめずに

沖縄暮らしの記録

第3ゲートからの歌声

三日ぶりに各台船や大浦側の浜の様子を見て回った。
30日に始めると言われているフロートの撤去作業にむけて、準備が行われていないか注視したが、大きな変化は無かった。

 

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(一年前に抗議船“ラブ子”を転覆させるという大事故を起こした海保安庁だが、今は遠巻きに監視するのみだ。)

 

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(既に浜にはフロートが置かれている場所が数ヶ所ある。現在、海上にある大量のフロートを撤去して一体何処へ置いておくのだろう?)

 

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(平島のビーチから見た“辺野古基地を作らせないぶるーの船”。通称“ぶるーの船”は、かつての“ラブ子”がそうだったように、カヌーチームに最も身近な船だ。)

 

緑の台船近くに居た時に、陸上の第3ゲートからゲート前の皆さんがエールを送ってくれる声が耳に届いた。川口真由美さんの『ケ・サラ』が聞こえてきて、陸と海の行動がつながっている事を改めて感じ、本当に心強く、嬉しく思った。
パドルを大きく振って合図を返した。

 

今日の辺野古総合大学はガマフヤーの具志堅隆松さん『遺骨収集-糸満から辺野古まで』。戦後71年経って今なお家族の元へと戻れていない戦没者の遺骨を掘ることは、戦争に殺された人々と対話することだと具志堅さんは語った。
沖縄ではまだあの戦争は終わっていない。

去年の今日も僕は辺野古にいた。「ラブ子転覆事件」が起こったあの日とくらべて、海上の作業はほとんど進んでいないし、現在は作業が全く行われていないことは大きな成果だと思う。

 

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(シュワブのゲート脇に咲いていた花。誰も見ていない所でも花はその本来の姿で美しく咲く。他人の目が有ろうが無かろうが、自分もありのままでありたい。)