夢をあきらめずに

沖縄暮らしの記録

大阪行動の新しいチラシ

昨日から【辺野古に基地を絶対つくらせない大阪行動】のチラシが新しくなりました。
大阪以外の方にもご覧頂けるようにアップ致します。

 

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[表紙]

国は工事中断ではなく
辺野古移設断念を!

- 「和解」 という名の懐柔策に私たちは騙されません -
強硬だった政府の工事を暫定ながら止めた、沖縄の勝利

 安倍首相は(和解協議にあたって)早速、「辺野古移設が唯一の選択肢という考え方に変わりはない」と述べた。
 この頑迷ぶりが今日の混迷を招いたという自覚はうかがえない。ましてや民主主義や地方自治の無視を恥じる姿勢は見当たらなかった。
 首相の姿勢が正当化されるなら、どんな危険を強制されても、環境を破壊されても、選挙でどんな意思表示をしても、国がひとたび決めてしまえば地方は奴隷のごとく従うしかないことになる。これで民主主義国家といえるのか。それこそが本質的な問題なのだ。
 (『琉球新報』 3月5日付社説より抜粋)


[見開き]

2016年 2/21 ヨドバシ梅田前『辺野古新基地建設反対関西大行動』スピーチより抜粋

   (1) しなやかな闘い
 辺野古で約一ヵ月の間、カヌーやゲート前座り込みといった活動をしてきました。
 今回の辺野古滞在で実感したことは、沖縄の人々の民意を無視して国が強引に推し進めるこの基地建設計画は既に破綻し、実現不可能だということです。
 アベ政権はメディアを使い「本体工事着工」というアナウンスを何度も行っていますが、海底のボーリング調査は、カヌーと船団の海上チームによる地道な取り組みや台風などで当初の予定から大幅に遅れ、1年半が経とうとする今現在も終えることが出来ていません。宜野湾市長選が終わり次第強行されると言われていた、巨大なコンクリートブロックの海への投入も、仮設道路の工事も、法的な問題をクリア出来ず、手詰まりとなって進んでいません。
 また、キャンプシュワブのゲート前での座り込みは、早朝からの大結集を呼びかけた水曜行動が、水曜・木曜の二日間連続の行動へと拡大し、大きな成果をあげています。東京警視庁から屈強な機動隊員を呼び寄せ、暴力的に人々を排除してゲートをこじ開けても、一日に入れられる工事関係車両の数はせいぜい十数台というのが現状です。埋め立てに使う土砂だけでも10tダンプカーにして350万台という大量の車両をゲート通過させなければならないこの工事は、到底不可能なのです。
 沖縄の人々と、全国から集まった人々は、その時々の局面をしっかりと見据え、力を合わせ、知恵を出し合い、時に歌い、踊り、笑顔を交わしながら、しなやかに、粘り強く闘っています。大浦湾の埋め立ては、まだ始まっていません。まだ基地建設は止められます。
 どうか辺野古へ駆けつけて下さい。皆さんの行動が基地建設を止める大きな力になります。

   (2) 対峙する命
 大浦湾に数え切れないほど並べられたフロートのラインを隔てて、海上保安庁海猿や沖縄防衛局の職員と対峙しながら、僕はずっと考えていました。彼らと僕らを分けるラインはそこに有るのかと。或いは、ゲート前で座り込む僕らの前に立ちはだかる機動隊と僕らの間に、ラインはあるのかと。
 我々は互いの胸の内を知らぬまま、言葉で分かりあうことも出来ず、日々対峙させられていますが、ひとたび戦争が始まれば、彼らも、彼らの大切な家族や友人も、私たちと同じように戦禍に巻き込まれ、自由を奪われ、命を危険にさらされるのです。それは基地の中にいる米兵とて同じことです。
 私たちが「命を守れ」と叫ぶ時、そこには私たちの命と同じように、対峙している彼らの命も、そして大浦湾や、やんばるの森が育む多様な動植物の命も含まれます。
 私たちが本当に一線を画して対峙しているのは、戦争を企て、軍需産業で経済を回し、武力で世界を支配し、人々の命をもてあそび、戦争が始まった時には高みの見物をきめこむ、一握りの支配者たちなのです。私たちは顔の見えないこの支配者たちと闘うため、分かりあわねばなりません。互いの考えや立場が違う時、それはとても困難なことでしょう。
 しかし、私たちが互いの主張をぶつけあって相手を言い負かす、勝ち負けの勝負をやめて、自分の立ち位置から見える世界と、相手の立ち位置から見える世界を、互いに教え合って、この世界の本当の姿を見出す一種の共同作業が出来たなら、私たちは双方が勝者となって、同じ出口を目指して歩いていけると思います。
 沖縄ではそういった困難な試みが日々粘り強く続けられています。

   (3) 勝つ方法は あきらめないこと
 大手メディアは辺野古新基地建設を、「国対沖縄県」という構図で描こうとしますが、民意を踏みにじり、法を捻じ曲げ、民主主義のルールを反故にする、アベ政権のやり口が沖縄だけに限ったことではないというのは、昨年の戦争法を成立させた過程をつぶさに見てきた私たちは既に知っています。
 故に国と対峙しているのは沖縄だけではなく、私たち全てだと言うことが出来ます。
 私たちが向き合っているのは大木のような巨大な権力です。どんな大きな斧でも一振りで大木を倒すことは出来ませんが、小さな斧でも多くの人が何度も何度も振り続ければ、やがて大木は倒すことが出来ます。小さな斧の一振りのように、一筆の署名や一回一回の集会やデモといった行動に、大きな手ごたえは感じられなくても、続けることで事態は確実に前へ進みます。あなたはあなたのやり方で小さな行動をどうか続けて下さい。
 辺野古の浜のテントには、ひとつのバナーがいつも掲げられています。そこにはこう書いてあります。
 「勝つ方法は あきらめないこと」
 皆さん、どうか信じて下さい。未来は私たちの手の中にあります。行動し続けましょう。夢をあきらめずに。

 

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[裏表紙]

辺野古訪問記vol.4   (文責:平石)

 カヌーに乗るのは意外と簡単。スーイスーイとあめんぼになったように松田ぬ浜から海原に漕ぎ出す。美しい海を間近に感じ気分は上々。しかし、それも辺野古崎に辿り着くまで。
 ウェットスーツにサングラス、ヘルメットにはシュノーケルとビデオカメラを装備した海上保安官がずらりとゴムボートに乗って待ち構えている。怖い、そして哀しい。
 どうして海を愛する者同士がフロートを隔て対峙しなければいけないのだろう?一瞬にして海上保安官に確保され、作業を止められない悔しさ。言いたいことは山ほどあるのに言葉に出来ないもどかしさ。
 長時間に及ぶ地味な監視行動。心も体もヘトヘトになる。

 そんなくじけそうな心と体を癒してくれるのがお昼ご飯。数組のお母さんたちによる手作り弁当だ。海に出る人達を応援したいと多くのお母さんたちがおかずを持ち寄って、ひとつのお弁当が出来る。今日のお弁当は「ぶぶぶ倶楽部」のお母さんたち。
 「ぶぶぶ」は「遊ぶ」「学ぶ」「喜ぶ」の「ぶ」だとか。私はこの全てを辺野古で体験した。キャンプ・シュワブゲート前には、いつも歌があり、踊りがあり、遊び心を忘れない。どんな闘いも怒りだけでは続けられない。
 歴史を学び、先人の智恵を学び、一番大切なものは何かを学んだ。そして、小さな願いが繋がれば大きな喜びに変わると確信している。
 みんなの想いに背中を押され、また海に漕ぎ出そう。