命を頂く
伊江島 3/31, 4/1
《わびあいの里》に援農へ。
今回は念願叶って、さとうきびを刈るところからの黒糖作りを初体験。
畑で刈り取ったきびの皮を独特の形をした鎌で剥いていく。
次第に要領が分かってくると、竹を破るようにメリメリと皮が剥がれる感覚が心地良い。
(さとうきび刈り専用の鎌。先のU字の部分も刃になっていて、ここで皮を剥ぐ。とても機能的な道具だ)
畑から里に運ばれたきびは、絞り機にかけられる。
(絞りカスは牛のエサになる。無駄が無い)
絞った汁を大釜に入れ、薪を焚いて沸かしていく。
少量の消石灰を加える。
消石灰はアルカリ性で、絞り汁を中和させたり、不純物を沈殿させたりする効果がある。
汁が沸騰してくるとアクがうきあがってくるので、網で掬い取る。
ボコボコ沸いてきたら、長い柄のついた小鍋で汁を掬って大釜に注ぎ込むように落とす。
こうして汁を空気と触れさせることで温度が下がるので、吹きこぼれない。
薪を絶やさないようにして、沸騰状態を保ちながら、アクを取り、吹きこぼれないように小鍋を使って冷ます。
なかなか忙しく、しかも仕上がりに影響が出るので重要なこの作業を続けながら、2〜3時間かけて絞り汁を煮詰めていく。
そうすると、抹茶のような色だった汁が、「ん?カレーか?」というような色に変わる。
「ご飯にかけて食べたいね!」などとゆんたくしながらの作業が楽しい。
そのうち、煮汁は濃い飴色に変わり、小さな泡がキラキラと美しく輝き始める。
このあたりで弱火にして、焦がさないように休まずにかき混ぜる。
そうすると、鍋肌を流れる煮汁が納豆のネバネバみたいにドロリとしてくる。
そろそろ火から下ろすタイミングだ。
この見極めが難しい。
火から下ろしたら、急いで撹拌し空気に触れさせる。
黒糖が固まり始めたらバットに移して、薄く伸ばして冷ます。
火から下ろせば黒糖はどんどん固まっていくから、この辺りの作業は時間との勝負だ。
今回は二日間で5釜に火を入れた。
焦がしてしまうような大きな失敗はなかったが、毎回仕上がりの色や硬さや味が微妙に違う。
火加減、火から下ろすタイミング、撹拌して冷ます時の空気の含ませ具合、全てが黒糖の仕上がりに影響してくる。
奥が深い。
そして、だからこそ、創意工夫して良い結果を導き出す喜びがある。
初日に一緒に黒糖作り作業をした東京から来ていた若い三兄弟は、二日目は鶏をつぶし、さばき方を教わっていた。
鶏肉も黒糖もお金を払えば、パッケージされて商品となったそれらはスーパーで手に入る世の中だ。
スーパーで買う鶏肉や黒糖の元を辿っていくと、鶏やさとうきびという命にたどり着くことを知識としてはもちろん知っていても、鶏を殺して包丁で肉をさばいたり、さとうきびを刈って絞り汁を煮詰めたりした体験を持たない都会に住む大半の人は、命を頂いているという実感が希薄だ。
僕自身も、《わびあいの里》を何度か訪れるまでは自然と切り離された都会の生活しか知らなかった。
しかし、自然に寄り添う様々な体験を《わびあいの里》で重ねるにつれて、お金で物を買い消費するだけの生活の味気無さと、自然の恵みを頂き、先人の知恵を教わり身体を動かして何かを作り出す暮らしの豊かさを実感している。
(甘いクワの実は、食べるのに夢中になっていると、指先が真っ赤に染まった)
(サクランボはすっぱかった)
(螺旋状の葉をしたクロトン。色といい形といい独特な雰囲気が面白い)
(これもクロトン。「変葉木」という別名が示す通り、様々な形をした種類があるそうだ)
(小さい可憐な花をつけるムラサキカタバミ)
“援農”と呼んではいるが、僕は毎回宝のような体験を両手いっぱいに頂いて日々の生活に戻ってくる。
本当に豊かな生き方を学ぶため、また里を訪れたい。
友よ美ら海へ
辺野古 3/29
松田ぬ浜をカヌーで出発した頃から、K3護岸上のクレーンがゆっくりゆっくりと引き下がっていた。
カヌーを漕いで護岸を取り囲むオイルフェンスにまでたどり着くと、クレーンは護岸のつけ根である浜の方へすっかり戻っていた。
(クレーンの居なくなったK3護岸)
どうやら台風接近の影響で作業は中止されるようだ。
とは言っても、風は普段より少し強い程度。
気心の知れた6人のメンバーで、もうひとつの護岸であるK4の方まで漕いで様子を見に行く。
K4護岸上にもクレーンの姿は既に無く、護岸工事は完全にストップすることが確認出来た。
台風3号の予想進路は東に大きく離れているとはいうものの、これからまだ接近してくるので、この週末はもっと風が上がってくる。
作業の再開は週明けになりそうだ。
(K4護岸の西側最先端)
全長1.6㎞の護岸で2ヶ月後には完全に外海と切り離される辺野古イノーの広大な範囲を見渡し、ここに生きる全ての命が近く殺されることを思う。
ここを住処とする多種多様な生物が、処刑台へと続く通路を列になって進んでいるような、もう切羽詰まったそんな状況だ。
しかし、これは台風のように自然の力によるものではない。
だから、止める方法はあるはずだ。
全国の人、全世界の人に、この大量虐殺を止めるため、それぞれのやり方で行動を起こして欲しいと思う。
多くの人がアクションを起こす時に、この無謀な基地建設計画は必ず止まるのだから。
工事の中止を見届けてから、トレーニングを兼ねて平島まで漕いだ。
今日のぶるーメンバー6人は互いの力量もよく分かりあった、頼もしい仲間たちだ。
向かい風を苦にすることもなく、ぐんぐんカヌーを進ませていく。
浜でひと休みした後、平島の周りをぐるりと回って、島の美しさを堪能した。
辺野古イノーの広大な範囲が護岸で囲われ、埋め立てられてしまったら、平島の自然環境にも甚大な被害が及ぶことは間違いない。
無謀な基地建設と引き換えに、失うものの大きさは計り知れない。
そのことを多くの人に伝えなければならない。
まだ見ぬ友を、この海へ招くために。
(帰路は米軍の演習とニアミス)
音楽を一緒に♪ 〜Daniel Norgren『Stuck in the bones』
仕事と家事に追われ毎日がぶっ飛んでいく
その一方では、世の中が日に日に悪くなっていく
「この世のどこに正義があるんだ!」
という叫びは、小さなつぶやきに変えて
こんな曲でも聴きながら
今日を終えよう
そうしよう
おやすみなさい
100パーセントの喪失
辺野古 3/23
辺野古イノーの工事は、西側のK3護岸と東側のK4護岸の両側から護岸が着々と伸びている。
K1,K2,K3,K4と海を横切ってきた護岸のラインが中仕切り護岸N5とつながって、全長1.6kmの護岸でイノーの広大な範囲を囲い込み、そこへ最初の土砂を投入しようという計画だ。
その1.6kmの半分以上は護岸を形成する捨て石が既に投下済みで、外海と分断されている。
(黒く塗った部分が捨て石投下済み護岸)
(左手前がK3護岸。沖へ200m伸びた後、直角に左折し、右奥のK4護岸へとつながっていく)
現在の進捗状況は基地建設工事全体から見れば、たった数パーセントだという見方もあるが、彼らが身勝手に作った計画を分母にしたところで現状の本質は見えてこない。
(K3護岸の捨て石)
(K3護岸)
大量に海に投げ込まれた捨て石によって、ジュゴンの餌であるアマモの草原は、もう広範囲で踏み荒らされている。
(K4護岸。K3護岸とつなげるべく西へと伸ばしている)
鮮やかな青色で浅瀬を彩る、小さく可愛いルリスズメダイの群れはどれ程押しつぶされたか。
毎年初夏になるとエリグロアジサシが巣を作るシュワブ岩は護岸の囲いの内側に取り込まれてしまった。
そこは埋め立てられ滑走路となる。
土砂が入り始めれば、海中の餌を求めて水面へ一直線にダイブしていく機敏な渡り鳥の姿は二度と見られないだろう。
護岸によって海と切り離される浜は海亀の産卵場所だ。
辺野古イノーへ産卵に戻ってきたた海亀は、変わり果てた故郷から締め出され途方に暮れることになる。
(エメラルドグリーンの海と青く澄んだ空を見れば、この場所を埋め立てて米軍基地を作ることの愚かさが誰でも分かるはずだ)
今のペースで工事が進めば、5月の末か6月のはじめには護岸の囲い込みは完了すると言われている。
囲われた広大な海域は、外の潮流から遮断され、内側に取り残された命は一つ残らず土砂で殺される。
その時点で基地建設工事の何パーセントに至るのか知らないが、殺された命ひとつひとつにとっては、全てが失われたことになる。
今日捨て石の下敷きになったルリスズメダイにとっては、命の100パーセントが奪われたのだ。
今、辺野古で起こっているのは、この100パーセントの命の喪失がどんどん積み上がっていくという事態だ。
行き着くところには、この基地が引き起こす戦禍による何十万、何百万という人命の喪失が待っている。
ここから目をそらし、明るい未来のビジョンを描いたところで、そのビジョンにはたどり着かない。
(K4護岸)
(K3護岸。捨て石の上に立つ海上保安官は何を守っているのか? それが“海の安全”でないことは確かだ)
辺野古の新基地建設は沖縄問題、基地問題である前に、命の問題なのである。
束の間の重み
辺野古 3/17
第3土曜の海上の集中行動日という、新しい試みに28人のぶるーの仲間が集まってくれた。
月曜日に起きたカヌーと海保GBの正面衝突事故で頸椎捻挫した仲間も参加したかったろうが、身体の復調を待ってまだ休養に専念している。
現場に着いてからは側にGBが来るたびに、「お互い怪我の無いように。安全を第一に」と何度も声をかける。
安全な抗議行動、警備について何人かの海保とはじっくり言葉を交わす時間ももてた。
彼らの論理からすれば、カヌーがオイルフェンスの内側に入らなければ事故は起こらないということなのだろうが、我々にすれば目の前で美ら海の命が殺されているのを指をくわえて見ていることはできない。
ましてや、それが違法な工事であり、できあがるのは他国によって押しつけられた軍事基地であり、それがこの島に再び戦を呼び込むものであるのだから、飛び込んで行って止めるのは当然の行動だ。
海保が上からの命令によって現場の警備にあたらねばならないのは理解できる。
彼らの多くがそれを良しとして任務についてはいないことも、何度となく顔をつきあわせる中で感じている。
僕らは非暴力という理念に基づいて行動する。
仲間にしろ、海保にしろ、現場に居る誰かが怪我をするような事故を起こしてでも工事を止めたいとは誰も思っていない。
僕らは命と自由を守るためにそこに来るのだから。
サッカーでもバスケットボールでもそうだが、どんな上手いディフェンダーでも、ボールを持った選手にかわされて抜かれることはある。
その時に安全を蔑ろにするリスクを冒して止めようとするから事故が起こるのだ。
ファールで止めてはいけない。
真剣勝負で抜かれた時は潔く負けを認めて、カヌーを先に行かせればいい。
それがフェアなやり方だ。
目先のカヌーを捕まえることにとらわれず、海保には安全を最優先にしたフェアな警備を強く望む。
GBをかわしたカヌーが作業現場に近づきクレーンが止まったとしても、せいぜい数分から十数分のことだ。
作業全体の流れから見れば、ほんの束の間にしか過ぎない。
しかし、僕らにとっては、その数分の意味は限りなく重い。
それは捨て石によって踏み潰される命が数分間生きながらえるための時間であり、圧政により未来が壊されるのを食い止める数分間である。
だから、たった数分のために僕らは何度でも真剣勝負を挑むのだ。
生憎の向かい風もあって、28艇のカヌーでも今日は作業を止めることができなかった。
集中行動日に集まった28人が今日の思いをそれぞれ持ち帰り、どう日常の行動につなげていくのかが鍵となる。
海は毎日着々と壊されているのだから。